ネモフィラの花言葉「許す」

恥ずかしながら、私の両親はとても仲が悪い夫婦でした。

どれくらい悪いかと言うと、1日1回は口喧嘩している感じ。

私は物心ついてからずっとその様子をみていたので「よっぽどの人と出会わなければ結婚はしたくない」と子どものころから思っていました。

結婚に対する幻滅というか、ろくなことがないと言うか。(笑)

父は慎重で節約タイプ。男尊女卑の人でもありました。

母は活発で自分の意見を持ち、はっきりと考えを言うタイプ。

なので父の「家長をうやまえ」「家長の言うことにしたがえ」との考えが我慢ならなかったんだと思います。

父より母の実家のほうが裕福だったことや、母のほうがよい学歴がよかったことも父親にとってはコンプレックスだったんでしょう。

 

おそらく母が父の悪口を私に言うようになったのは、小学校の中学年のころ。

私はいつも母の味方でした。

中学生、高校生になって喧嘩の内容もわかる年ごろになると、父親の「女は男の言うことをハイハイ聞いておけ」と言う発言に私自身も怒りを覚えて父に反発するようになってきました。

私自身が感じる父の男尊女卑への反発と、母から毎日聞く父への愚痴で、大学編入で下宿するまでしんどい思いをしてきました。

家を離れて一番嬉しかったのは「口喧嘩のない静かな場所にいられる」こと。

口論のない世界の穏やかさに驚いたのをハッキリと覚えています。

 

そんな両親でしたが父が退職し、病気で手術を受けたころからずいぶん様子が変わってきました。

貧しい田舎からカバン1つだけ持って出てきた大阪で家を買い、子どもを育てあげ、会社を勤めあげてプレッシャーから解放されたこともあったと思います。

今では昔の父からは考えられないくらい丸くなりました。

 

以前は反発ばかりしていた母も年を取ったせいか「喧嘩する元気もない」んだそう。

「仲がよくなってよかった」と安心していたところ、先日母から衝撃の発言がありました。

 

「お父さんと私は今まで仲良くやってきた」

「喧嘩もそんなにしてへん」

 

一瞬頭の中が真っ白になるくらいの衝撃でした。

あれだけ毎日のように喧嘩し、その愚痴を全て私に話していた母。

それが、すっかり「ないモノ」になっていたんです。

「母に裏切られた」

そんな気持ちになってしまいました。

 

80歳近い母は、数年前から認知症の疑いがあります。

何度も病院へ行くように話をしたのですが、結局行かずに今にいたります。

過去の話もその時々によってかわっており、おそらく認知症の症状で父親との喧嘩がなかったことになっているんでしょう。

母は、いい。

喧嘩ばかりしていた想い出より仲良くやっていたと思う方が、幸せだから。

でも、私はどうなるんだろう?

母の気持ちによりそい、あれだけ話を聞いていた私の気持ちはどうなるんだろう?

私の中で、しばらく何とも言えない日が続きました。

でも、最近ようやくストンと前向きな気持ちになれました。

 

「あれは、大したことなかったんだな」と。

 

母が悪口を言っていたのは彼女のストレス発散のため。

当時の私は真面目にそれを受けとめていたけど、「そんな必要はなかったんだ」と今では客観的に思えます。

夫への愚痴を、娘にしか言えなかった母。

認められたくて、高圧的な態度をとっていた父。

2人なりの考えや事情があり長い間言い争っていたけど、今は仲良く過ごせている。

昔の記憶のまま「相手を憎い」と思っている母と、「ずっと仲良しだった」と思っている母なら、仲良しだったと勘違いしている母のほうがずっといい。

そう思えるように、やっとなれました。

 

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ゆうゆう的まとめ

父はギャンブルもせず、真面目一筋の人でした。

母は父の悪口ばかり言っていましたが、私はずいぶん父から可愛がってもらったものです。

大人になった今では母が言っていたことが100%正しかったわけでもないし、当時の父の気持ちもわかるようになりました。

両親の元をはなれ、私は素晴らしい人とめぐりあって幸せな毎日をおくっています。

しんどかった思いにしばられず、私は私の穏やかな日々を大切にいきたい。

そう思えるようになった「今」に感謝です。

 

ゆうゆうでした。

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